青くどこまでも澄み切った空がとても心地よい春先のこと。
とある日曜日のある場所で、一組の家族が大型ショッピングモールで買い物をしていた。

23、4歳くらいと思われる若い女性の腕の中に、小さな女の子が抱かれていた。
彼女の腕の中に抱かれている女の子の年は、3歳前後といったところであろうか。お母さんである女性にしがみつく様にしている姿がとても微笑ましい。
また、女の子を抱えている女性はというと、困ったような表情をしながらも腕の中で眠る小さな女の子がずり落ちたりしないよう、しっかりとかかえるに抱きかかえていた。

そんな彼女のすぐ傍らには、一人の男性が寄り添うように立っていた。
男の年のころは27、8歳といったところだろうか。とても優しい…………家族というものを大切にしている父親だけが浮かべる、柔らかで温かみのある表情を浮かべていた。
そんな男性の背中には、これまた小さな女の子が眠っている。
彼の背中で眠る女の子の年は2歳前後だろうか………。父親である男性の太い首に、小さなもみじのような可愛らしい手をしっかりと当て、抱きつくようにした姿勢のまま眠っている。
そんな女の子のことを、彼は左手を後ろに回してしっかりと背負っていた。

二人の女の子の母親と思われる女性は、二人の女の子の父親と思われる男性のほうに視線を向ける。
視線を向けられた男性は、左腕で我が子の体を背負いながら、右手でこれまで家族で買ってきたと思われるたくさんのものが積まれたカートを押しいる。
彼は、妻が自分のことを見ていることに気が付くと、見つめ返すように視線を彼女のほうに向ける。
どうしたんだ、と言いたげな視線で彼は彼女の顔を見る。
彼女はなんでもないと言いたかったのか、軽く首を横に振ると春を思わせる柔らかな表情で彼の顔を見つめ続けるのであった。







佐藤家物語
『とある休日のひと時』

「…………ふぅ」

彼、佐藤恭也は小さくため息を溢しながら近くにあるベンチに腰掛けた。
背負っていた我が子をそっと下ろして膝の辺りに頭が来るように寝かしつける。
そんな彼のことを見て、近くにいる彼女は薄く苦笑いを浮かべて、

「おつかれ。やっぱり、まだ麒麟と結華は置いてきたほうがよかったかな?」

腕の中で眠っている我が子を大切に抱きかかえながら、彼女、佐藤聖はそういった。
そんな彼女の言葉を聞いて、彼は眉を寄せて少々あきれたような表情を浮かべ、三女・結華の頭をそっと優しく撫でながらこういうのであった。

「ハァ――――そうは言うが、この子達のものを買いに来たんだから仕方ないだろう?」

彼はため息をついて傍らに止めてあるカートに目をやる。
そんな彼の視線に気付き、彼女もまた、

「でもまあ、衣服も新調してあげられたし。下着に靴下。恭也のネクタイなんかも買えば、さすがにこれだけの量になるか」

そういうと軽く笑って見せる女性は、快活な表情がとてもよく似合った。
まるでマネキンのように整った容貌で、白く透き通るような肌が艶かしく、まるでモデルのようであるが、彼の傍らで感情のままに表情をあらわにする彼女からは、母親として女として輝いて見えた。

そんな彼女のことを、彼は目を細めて何か眩しいものを見つめるような表情をしていた。

「その通り…………なんだがな」

そういうと、彼は隣に座ったらどうだ、とジェスチャーをするようにポンポンとベンチの開いているスペースを叩いた。そんな彼に答えるように、彼女は腕に抱いている女の子を彼に支えてもらうようにしながら隣に腰掛ける。
ベンチに腰掛けると、彼女は恭也と同じように次女・麒麟を膝枕するように寝かした。
母親の太ももを枕代わりにして眠る女の子は、黒髪をサラサラと無造作に流しながら気持ちよさそうに夢うつつの中でまどろんでいた。

そんな姿を見ると、聖は柔らかな微笑を浮かべる。
そっと、髪を梳くように触れながら麒麟の頬を優しく撫でる。

そんな彼女の様子を見て、恭也は小さく笑みを浮かべながら見守っていた。
――――そのとき。

「ん?」

彼はあることに気がついた。
もう一人いる、彼ら夫婦の間にできた愛娘のことを。
外見は、母親にも父親にもよく似ているのに、内面は知人である女性に似ているあの子のことを。

小さな女の子が歩いていた。
年のころは5歳前後といったところだろうか。小さな腕の中には、可愛らしい茶色いテディベアのぬいぐるみを抱えるように持っていた。
栗色の髪が淡く、店内を照らす照明の下まるで透けるように輝いて見える。
白いレースのフリルのついた服が幼いその子によく似合っており、袖や襟首についたポンポンが女の子の歩くのに合わせてゆらゆらと小さく揺れていた。
ピカピカの赤い靴をトテトテと鳴らしながら、女の子は恭也と聖のところへと向かう。

その女の子がやってくるのがわかっていた彼は、膝枕をして寝かしていた結華のことを聖に任せると、立ち上がり迎えるのであった。

「あの、お父様」

キューッとぬいぐるみを抱きしめながら女の子は恭也のことを呼んだ。
呼ばれた彼はというと、女の子に視線を合わせるようにしゃがみ込んで、優しく笑いかけながらこう問いかけるのであった。

「どうしたんだ、綾乃」

そっと頭を撫でながら問いかけてくる父親に、綾乃は頬を赤くし、モジモジとしながらどう話したらよいのか困っていた。
そんな二人の姿を見て、聖はわが子に対してこう尋ねるのであった。

「あれ、綾乃。そのクマさんどうしたの?」

明らかに、おもちゃ売り場へと綾乃が行く前は持っていなかったもの。
当然、恭也もそのことには気がついていたのだが――――あえて訊ねようとはしなかった。
綾乃が、そのテディベアを一体どうしたいのか。綾乃本人の口からちゃんと聞きたかったから。

綾乃は、何かを決心したのか。グッと父親の顔を見上げて、可愛らしいぬいぐるみを強く抱きしめながら、恭也の求めていた答えをいうのであった。

「お父様。私…………その、この子が欲しい…………です」

5歳の女の子とは思えないしっかりとした口調で、綾乃はそういうと。
彼はその一言を待っていたのか、頷きながら「よく言えたね」という言葉の代わりに、綾乃の頬を優しく撫でるのであった。

「んー…………そっか。綾乃はそのクマさんが欲しいんだ。
そうね、お父様に買ってもらうとしましょうか」

聖は、麒麟と結華の二人が落ちたりしないようにしながら、二人のほんわかとしたやり取りを見て、そんな切実なことをいうのであった。
そんな彼女の言葉に、恭也がピクッと体を強張らせるように反応をした。
ゆっくりと妻のほうに振り返りながら、彼は――――

「………聖?」

「なあに、あなた?」

彼の訊ねたいことなどわかっているはずだし、何より彼女の表情が本当に自然なために、恭也は思わず生つばを飲み込むしかなった。
そんな彼の様子を見て少しだけ面白かったのか、彼女は小さく口元でクスッと笑うと。

「恭也の言いたいことは分かるよ。でもね、今日の買い物で予算ほとんど使い切っちゃたから、綾乃のそれに出してあげられるお金がないんだよね」

そう言い終えると、恭也に対して聖は妖艶に微笑みかけながら、「綾乃の珍しいおねだりなんだから、出してあげられるでしょ」なんて囁くのであった。
そんな、彼女の投げかけた会話のボールは、彼の胸にストンときれいに落ちた。

彼が再び振り返り、綾乃の持っているぬいぐるみの値段を確かめ、いざ精算をするために彼が立ち上がろうとしたとき、聖は口元ににんまりと人が何かをたくらむ時によく浮かべるような笑みを浮かべて、膝枕をしている二人の子供たちの肩をゆするのであった。

「麒麟、結華。二人ともおきなさい。お父様がぬいぐるみを買ってくれるわよ」

のんびりとした、母親の声で、聖は膝で眠る姫君たちにそう告げた。
その言葉がしっかりと聞こえたのか聞こえてないのか、それは定かではないが眠たそうに目をこすりながら麒麟と結華は起き上がり、恭也と綾乃の様子がだんだん分かると――――

「ねえさまだけ、ずるい!」

「ずーるーいー」

…………
すっかり軽くなった財布の中身を見ながら恭也は途方に暮れていた。
別に、娘たちに何かを買うことは嫌ではないし、むしろ綾乃や麒麟、結華がうれしそうな顔や笑顔を浮かべてギューッとぬいぐるみを抱きしめている様子を見ると、和むし何より彼自身、頬を緩めながら嬉しそうな顔をしていた。
ただ――――

「ハァ……」

やはり軽くなった財布を再び見て彼は途方にくれるのであった。
そんなとき、彼は足元に何か気配を感じて、そちらのほうを見てみると、

「あの、お父様……」

そこには、先ほどのおねだりをしてテディベアを買ってもらってご満悦のはずの綾乃が、顔をくしゃくしゃにしてキュッと恭也のズボンの裾を握り締めているのが見えた。
そんなわが子の姿を見て、彼が声をかけようとするよりも先に、綾乃が呟くように、

「ごめんなさい、お父様」

瞳に大粒の涙を浮かべながら、綾乃が謝り出した。
そんな綾乃の姿を見ると、恭也の胸には心臓を鎖で縛られたかのような痛みが走り、

「綾乃、そんな顔しないでくれるかな」

「うぅー」

涙を拭くために、彼はポケットにしまってあるハンカチを取り出すと、そっと綾乃の頬や目元を拭ってあげる。綾乃の可愛らしい顔を拭い終え、少しだけ表情がよくなるのを見ると、彼は優しく諭すような声で綾乃に語り掛けた。

「綾乃…………嬉しいときは、嬉しい顔をすればいいんだよ。
そうすれば、お父さんも綾乃のそんな顔を見て嬉しくなるからね。
まあ、今のはお父さんが悪かったんだけどね」

ポンポンと頭を撫でると、綾乃はコクコクと頷き、ふんわりとまるで可憐な花を咲かせるような笑顔を浮かべるのであった。
そんな二人の後ろから聞けて来る声はというと――――

「いーけないんだ、いけないんだ。あーやのをなーかした」

「とーさま。メッ!!なんだよ」

「め〜!!」

妻に、愛娘二人にそう責め立てられて、彼は困ったように小さくため息を吐くのであった。
もう買い物も済んで、後は帰るだけだ…………そう言い聞かせるように、彼は頭を軽く振って気持ちを切り替えようとしていた。

店の出入り口付近で、帰ってからどうしようかなんてことを話していたそんな折。聖たちが出入り口のほうで何かを見つけたのか、はしゃいだような声が聞こえた。
もう後は、家に帰って昼食をとるだけ――――のはず。なるべくなら穏便に終わって欲しいと彼は思わず祈ったのだが、やはり、まだ幼い子供や若い妻がいるとそうもいかなくて。

「かーさま、あそこあそこ。おいしそう!!」

「おいしそう〜」

「ホントだね、美味しそうだね〜。じゃあ、食べてこっか」

「「うん」」

出入り口付近で営業しているクレープ屋が目に入り、子供たちと聖ははしゃいでいた。
店のほうを指して、楽しげにしている子供たちと、その子供たちのことを優しく包み込むようにしている聖の姿は、紛れもなく母親の姿で。
そんな光景を目の当たりにすると、どこか心温かくなるというかホッとするのだが―――
彼は何かを忘れているような気がしてならなかった。
そう、クレープ屋に行こうとする聖と二人の子供たちが、何かをしでかすような…………

「恭也ー、早く来てお金払ってよーー」

今日、ここに来たのは子供たちの衣服や下着、恭也のネクタイや靴下、カッターシャツなどをたくさん買い込んだわけで。そこには当然予算というものがあって。
もうすでに、聖の財布の中身はすっからかんで。先ほど子供たちにねだられて、ぬいぐるみを買うためにお金を出したのは、恭也であって。
目の前にクレープ屋があって、それはもうぜひ寄って行くしかなくて…………。

「おいしーね。ほら、ゆか。あーん」

「あーん」

麒麟と結華の二人で、ひとつのクレープを仲良く食べていた。
スプーンを使って、クレープの中央に入っているジェラードやマンゴー。クレープを包むしっとりとした皮をついばむように食べたりと、幼い姉妹が仲良く食べている姿はとても微笑ましいものであった。
もちろん、聖もしっかりとクレープを食べていた。
彼女は長女の綾乃と半分こをして食べていたのだが、お父さん子の綾乃はというと、なんだか元気のないお父さんのことが気になって気になって仕方ないのか、離れたところに座って疲れた様子でいる彼のほうをちらちらと見ては、聖に苦笑されていた。

クレープをぺろりと食べ終えると、聖は綾乃のことをあやすように、こう頼むのであった。

「綾乃、お父様のこと呼んできてくれるかな?みんなで、ちょっとお話したいことがあるからね」

「はい、お母様」

にっこりと優しい母親の表情で聖にそう言われると、綾乃は大きく頷いて駆け出す。
トテトテと可愛らしい足音を鳴らしながら綾乃はお父さんのほうへと向かう。
一方恭也はというと、軽くなった財布を眺めながら困っていた。

(はぁ…………料理をふるまうと、あまり普段と変わらないから何かプレゼントしようと思っていたんだがな――――どうしたものか)

すっかりと軽くなってしまった財布を見て、恭也は嘆きたくなるような気持ちでいた。
もう季節は四月の下旬である。もうすぐ、大型連休もやってくるし、あの日も近い。
何より、日ごろ何かと心配をかけてばかりの彼女に対して、彼は感謝と労わりの気持ちを込めて何かを用意したかったのだが。

「ふむ…………」

口元に手を当てながら彼は考えていた。
別に、それほど深刻に考えていないように見えない。見えないのはきっと――――ただ互いがそばにいて、感じられる位置にいるのが一番心地よいと彼が思っているからだろう。
子供たちがいて、彼女がいて――――そのなかで、自分がいる。
その時間が、今の自分にとっての一番幸せな時間……。

そんな物思いにふけっていると、クィクィと服の裾を引かれた。
思わずそちらのほうに視線を向けてみると、そこには嬉しそうな表情をして恭也の顔を見上げている綾乃の姿があった。

「あのね、父様」

声を弾ませるようにして、綾乃はお父さんのことを呼んだ。
呼ばれた声と娘の仕草や表情に惹かれるように、彼は優しげに笑いかけながら頭をそっと撫でて訪ねた。

「どうした、綾乃。お父さんのことを呼びに来たのかな?」

ポンポン、と触れるように頭を撫でると、手触りのよい綾乃の髪を梳くように優しく彼は撫でた。その手つきと、語りかけてくれるお父さんの優しい声と表情に、綾乃は嬉しそうにうっとりと微笑み、頬を緩めて撫でてくれる恭也の大きな手に、全てをゆだねるのだった。

ひとしきり彼が撫で終えると、綾乃は恭也の手を引いて聖の元へと戻った。
戻った先では――――

「ほら、麒麟、結華。お口の周りがべたべた。綺麗にしなくちゃねー」

聖が、クレープで口周りを汚していた麒麟と結華の二人のことを綺麗にしてあげていた。
「こらこら、二人ともじっとしてー」なんて言いながら、手にした白いハンカチで優しく拭う。二人が綺麗になると「お口まわりを汚したりしちゃダメよ」なんて母親らしいセリフで、二人の相手をしていた。

そんな姿を見ると、恭也は思わず表情を緩めてしまうのであった。
今ある確かな幸せをかみ締めるように。

聖が大学一年目のとき、彼女の体の内には綾乃が宿っていた……。
恭也は、彼女からその事実を知らされるとすぐに籍を入れようと考えていた。
聖も恭也も、互いに愛し合っていたし、当然その先にあるものは夫婦として、家族としてひとつになろうという純粋な想いだった。
だからこそ、彼はその未来像がほんの少しだけ早く来たのだと決心し、彼女の両親に許しをもらいに行ったのだが………。
妊娠、出産。二人に対して、聖の両親や親戚一同は不安や嫌悪を隠そうとしなかった。
そのため、色々と辛いことや苦しいこともあった。
非難中傷など何度も受けた…………今現在も、聖の両親――――特に彼女の母親は、彼のことを赦していないのかもしれない。

はじめて、恭也が聖の両親の元に挨拶に行ったときは散々であった。
結婚を前提に付き合っているといっても、恭也が聖の両親に会うのはそのときがはじめてっである。当然、相手側は困惑もしたし、憤慨もしていた。
はじめこそ、両親に認められず、何度も訪問しては門前払いされたり、時には子供を堕ろせとまで悪し様に言われ、聖と両親の間には一時期険悪な関係になりかけていた。

それでも今、彼らが共にいられるのは、恭也の母であり、聖にとっては義理の母である
高町桃子の存在が大きい。

「あの子達は、真剣に互いのことを想い合っています…………。
ですから、どうか二人が一緒になることを赦してもらえないでしょうか」

桃子もまた、若くして恭也の父・士郎と共になっている。
若すぎる結婚でもあり、恭也と美由希という連れ子がいたために、絶え間なく苦労もした。それにボディガードなどという、世間一般から言わせれば得体の知れない仕事をしている男と共になるというのだ…………家族からも、親戚からも誤解や心配などされた。
それでも、桃子は自分のことなど二の次にして、まだ幼かった恭也と美由希二人に辛い思いをさせないために、彼女はそれこそ体を張って守ってきた。

「お願いです――――どうか、あの子達のことを、赦してあげてください」

士郎のことを分かってもらえるまでの辛かった経験。
恭也と美由希、そして士郎と紡いだ大切な思い出。
二人の間に子供ができたことが分かり幸せだった瞬間。
士郎が死に、辛く悲しみにくれた時。

さまざまなことを経てきた桃子の言葉が、聖の両親を動かし、無事彼らは結婚することができた。
ただ、それでも全てが赦されたわけじゃない。
いまだに、ほんの些細なことでも、恭也は彼女の両親からなじられるし、そんな両親に対して聖もまた不快感を覚えてしまう。

幸い、子供たちのことは可愛がってくれているので、その一点だけは彼ら夫婦にとって救いであったが。

今、子供たちの世話を焼き、褒めたり叱ったりしている姿を見ると、まさに理想の母親としか見えなくて。
そんな彼女の姿を見ると、恭也は誇らしい気持ちになるし、思わず微笑んでしまう。

「ん、戻ってきたね。これよりお昼ご飯について意見を聞きたいと思いまーす」

恭也と綾乃が戻ってきたのが視界の端に映ったのか。、はたまた、第六感のような特殊な感覚で気付いたのか…………聖は、綾乃と恭也のほうを向いてそういうのであった。
彼は、麒麟と結華のそばに座り、もう片方の開いている場所に綾乃のことを座らせた。

「綾乃は、何か食べたいものがあるか?」

恭也は綾乃のほうに視線を向けながらそう訊ねると、綾乃は言ってもいいのか迷っているような仕草をしながらも、おずおずと自分が食べたいものを言うのであった。

「えっと、お父様の焼いてくれたシフォンケーキが…………食べたいです」

ちょっと口ごもりながらも、でもちゃんと言うことのできた綾乃に対して、恭也は優しく笑いかけながら頷いていた。
そんな、彼と娘の仕草を見て、向かい側に座っている聖が、

「いいねー、シフォンケーキ。三時のおやつにぴったりだね」

なんて、ちょっと調子のいいことを言う。
そんな彼女の姿に、恭也は薄く苦笑していると、今度は聖が麒麟と結華に尋ねていた。

「麒麟と結華は、何が食べたいのかな?」

優しい視線で、二人の子供たちを見守りながら、聖は答えを待っていた。
麒麟と結華の二人はそう問われると、ニパッと子猫のような愛嬌のある笑顔を浮かべ、

「チーズオムレツ」「ちーじゅおむれとぅ」

嬉しそうにそういった。
聞かれる前から二人で決めていたのか、見事に食べたいものが一緒であった。
でも、結華はまだ小さいからうまく言葉を出せないのか、ちょっとおかしく、綾乃はそんな妹に対して優しく語り掛けるように、教えてあげる。

「あのね結華。チーズ、オムレツだよ」

「ちーず、おむれつ?」

ちゃんと言えると、綾乃は大きく頷いて『そうだよ。ちゃんと言えたね、結華』と褒め、褒められた結華はというと、嬉しそうに『えへへ』と笑っていた。
そんな二人のやり取りとよそに、麒麟はお母さんが何を食べたいのか気になり、身を乗り出すように訊ねていた。

「おかあさまはなにがたべたいの?」

「ん〜、お母様はね〜、お父様が作ってくれたナポリタンスパゲティが食べたいんだよー」

舌足らずな口調で訊ねてくる麒麟のことが可愛くて可愛くて仕方ないのか、聖は満面の笑みを浮かべながら、答えてあげるのであった。
缶コーヒーを片手にしていた恭也は、彼女のその言葉を聞くと驚いたのか、軽く咽ていた。
そんなお父さんのことが心配になり、綾乃はすぐさま立ち上がり、つられるように結華も立ち上がって恭也の大きな背中を二人の小さな手がさすっていた。

「ん、大丈夫だ。二人とも、ありがとうな」

そう言って二人を座らせると、彼は聖のほうに視線を向けた。
視線を向けられた聖はというと、待ってましたといわんばかりに、それはもういい表情をしていた。
にっこりと微笑みかけながら、小首をかしげてみせるのは彼女の常套手段。
その仕草をされると、ほれた弱みか…………恭也は金銭面などで相当なことでない限り拒否権をすることできなくなるのであった。

「むぅ」と押し黙ると、彼は仕方なさそうに頷く。

(昼食を作って、それからシフォンケーキを焼いて…………三時過ぎ、といったところか)

メニューと、そのスケジュールを軽く頭の中で思い描いていると、彼の服の袖が何かに引っ張られた。
そちらのほうを彼が見てみると、そこにはジーッと恭也の顔を見上げる綾乃の姿があった。
恭也と視線が合うと、綾乃は彼の耳元に囁きたいのか、必死に背伸びをしようとしている。
そんなわが子の姿が可愛らしくて、思わず彼は頬を緩めながらしゃがんだ。
すると、綾乃はお父さんの耳元に唇を寄せてこう囁くのだった。

「お父様のお手伝いしたいです」

その一言を聞くと、恭也は優しく綾乃の頭を撫で、お返しするかのように綾乃の耳元で優しく囁きかけた。

「頼りにしてるよ、綾乃」

その一言を聞くと、綾乃は嬉しかったのか、大きく頷きふわりと笑顔を浮かべながら返事をするのであった。
そんな、親子の様子を聖は満足そうに眺めながら立ち上がり、

「それじゃあ、お家に帰ってお昼にしましょう」

「「は〜い」」

「はい、お母様」

「それじゃあ、帰るとするか」

家族全員で立ち上がり、ショッピングモールまで来た車のところへ戻るのであった。
まだまだ乗り越えなければならないことはそれこそ山のようにある。
だが、彼は思うのであった。
陽気で家族みなを包み込むような包容力のある妻に、優しくまっすぐな子供たち。
この家庭を守り、支えていくことができるのは自分だけなのだと。

彼は誰にも見せることなく、薄く微笑むのであった。

「こーらー、恭也。おいてくよー」

「ああ、今行く」

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