『鋼鉄の守護者』
〜プロローグ〜
日本沖合いから離れる事、数十キロの深海に浮遊する一隻の潜水艦。
その内部の一室に、三人の人物がいた。
一人は、入り口より入ってすぐの所に直立不動で立つ少年。
一人は部屋の中央に置かれた、少し大きめの机を前に腰掛けている少女。
残る一人は、この二人よりもかなり年配で、腰掛けた人物の横にこれまた立ち、目の前の少年を見詰める。
少し緊迫した空気が漂う中、ただ一人椅子に腰掛けている少女が、
自身のアッシュブロンドの三つ編の先を指で弄びながら、ゆっくりと口を開く。
「新しい任務です」
その少女の声に合わせるように、隣に立つ男性が数枚の書類を机の上へと置く。
広げられたその書類に目を通すべく、少年は机へと近づき、ざっと目を通す。
「これは?」
その書類のうち一枚には、とある人物の上半身の写真と、その者に関する簡単なプロフィールが事細かに書かれていた。
尋ねてくる少年に対し、少女は簡単に説明を始める。
「この方の周辺警護にあたって下さい」
「はっ!」
少女の声に、少年は直立不動の姿勢に戻ると、片手を額まで上げ短く返答する。
その後、少女の顔を見詰めると、少年は口を開く。
「2、3質問があります」
「どうぞ」
少年の言葉に少女は笑みを浮かべつつ、促がす。
それを受け、少年は恐縮ですと言った後、本題を切り出す。
「まず、自分がこの任務に付くにあたり、現在の任務の方はどのように」
その少年の言葉に、男性から答えが返る。
「それに関しては、既に他の者が任務にあたっている。そちらの心配はいらない。
他には?」
「はい。この人物を警護する期間は」
「それに関しては、こちらから連絡を入れる。こちらが良いと判断するまでだ」
「了解です。では、最後にもう一つだけ。この人物を警護する理由は何でしょうか」
「ええ、確かに。普通は我々が警護する事はないでしょうね。
ですが、その方に関してはある情報が上がってきているんです。
貴方には、それを知る権限がないので、詳しくは言えませんが。
兎も角、ソレについての真偽がはっきりするまで、警護についてもらう事になります」
「了解しました!」
少女の言葉に敬礼で返し、少年は答える。
そんな少年へと男性が声を掛ける。
「警護の方法は任せるが、気付かれないようにな。
後、周りにいる関係者の名前と顔写真だ」
そう言って、先程広げた数枚の書類を少年に見せる。
そこには、言われたとおり、名前と顔写真、そしてその人物との関係が簡単に書かれていた。
「出発までに覚えておけ。そして、覚えたらその書類は処分するように。以上だ」
「了解しました!」
最後にもう一度そう言うと、少年は部屋を出て行く。
少年が出て行き、二人になった部屋で、少女は誰にともなく呟く。
「情報の真偽は兎も角、何も起こらなければ良いですね…」
憂いを帯びた声でそう言う少女に、しかし男性は何も言わなかった。
それが一番良いと言うことは分かってはいるが、最も最悪な事態に備えるのが自分たちだと言わんばかりに。
その事に少女も気付いているが、それでも呟かずにはいられなかった。
「本当に何も起こらなければ……」
◆ ◆ ◆
海に近く、周囲を山に囲まれ、穏やかな気候の海鳴市。
この海鳴には地元だけでなく、周辺の地域にも結構有名な喫茶店があった。
その喫茶店翠屋に、今日も元気で明るい声が響く。
今も丁度、やって来たお客を席へと案内するのは、この店のチーフでもあり、光の歌姫とまで称される程有名なフィアッセ・クリステラその人である。
世界中をまわるツアーから戻ってきた後も、歌手活動をする傍ら、昔のようにここでチーフウェイトレスをしていた。
髪型を変えて、簡単に変装めいた事はしているものの、見る者が見れば分かるのではと思わせるのだが、未だに気付いた者はいない。もしくは、いたとしても何も言ってこないのか、他人の空似と思っているのか。
同じ職場で働く者たちの中には、どうしてばれないのか不思議がる者もいた。
そんな周りの反応を余所に、当の本人はこの生活を気に入っており、店長の桃子も、手慣れたフィアッセがいる事で助かっているのも事実であった。
昼を少し周り、客足も引いた頃、桃子が奥から顔を出す。
「恭也、フィアッセ、先にお昼行ってきて」
「了解」
「分かったよ」
休みという事で手伝いをしていた恭也とフィアッセは、桃子に短く答えると家へと戻る。
道すがら、フィアッセが恭也へと話し掛ける。
「うーん、今日はちょっと忙しかったね」
「そうだな。この分だと、夕方からも忙しくなるかもな。
それにしても、世界的な有名人が、本当にこんな所でウェイトレスなんかしていても良いのか」
「それは大丈夫だよ。当分は歌手の方はお休みだから。
それに、たまにこっちの方が本業のような気もするし」
「それはいい事なのか?」
不思議そうに言う恭也に対し、フィアッセは笑顔を見せる。
「私は別にどっちでも良いんだけどね。それよりも、恭也は私が傍にいるのは嫌なの?」
「そういう訳ではないが。
その、フィアッセは仮にも光の歌姫とまで称される有名人なんだから、護衛もなしというのは」
「護衛ならいるじゃない。すぐ目の前に」
「………」
フィアッセの言葉に、恭也は何も言えずに口を噤む。
そんな恭也に対し、フィアッセは悪戯っぽい笑みを見せると、
「それとも、恭也は何かあっても守ってくれないの?」
「そんな訳ないだろう。分かっているくせに」
「ふふふ。冗談だよ。そんなに心配ばかりしてもしょうがないよ。
それに、ちゃんとママの許可もあるんだし」
「…ティオレさんの身体の具合はどうなんだ?」
「うん、今は何ともないみたい。最も、スクールの殆どは、今はイリアが代わりにやっているけど」
「そうか」
少し重くなった空気を払拭するかのように、フィアッセが明るい声を上げる。
「そんな事よりも、恭也、ちゃんと学校に行ってるの?」
「行ってるがどうしてだ」
「だって、この間忍が言ってたよ。今日の講義に誘ったけど、恭也がまた来なかったって。
何とか2年生に進級できたんだから、ちゃんとしないと」
「ちゃんと講義には出ているぞ。忍は俺に関係のない講義まで誘ってくるからな」
恭也の顔を覗き込むようにしてフィアッセは見詰める。
「うん、嘘は吐いてないみたいだね」
「当たり前だ」
「そんな事分からないよ。だって、恭也はたまに真顔で嘘を吐くからね」
付き合いが長いのも考え物だというように、恭也は肩を竦めて見せる。
フィアッセは、それを微笑みを浮かべて見詰める。
と、恭也は突然後ろを振り返ると、辺りに視線を飛ばす。
その真剣な表情に、フィアッセは何も言わずに恭也の後ろへと下がる。
恭也は辺りを見回した後、フィアッセへと振り返る。
「何でもない。どうやら気のせいだったみたいだ」
「そう」
恭也の言葉にフィアッセは安堵の息を零す。
そして、二人は何事もなかったかのように歩き始めるのだった。
恭也たちが去った後、少し離れた角から一人の男が姿を現す。
いや、まだ少年と呼んでも差し支えのないような容姿をしている。
少年は恭也とフィアッセの去った方角を暫し見詰め、徐に懐から何やら取り出す。
かなり大きく無骨なソレを取り出すと、幾つか付いているダイヤルのような小さなツマミを回す。
何度かその作業を繰り返した後、少年はその機械を口元へと近づけ、そこへ向って何やら話し出す。
「こちら、ウルズ7。目標を確認しました。これより任務に当たります」
短く用件を告げると、向こうからも同じく短く何かが囁かれる。
それに答え、その少年は通信機を懐へと戻すと、恭也たちの去った方角へと歩き出すのだった。
つづく
<あとがき>
完成……。
美姫 「あーあ、遂にやっちゃったわね」
ははは。投稿SSなのに、クロスの長編。
美姫 「こんな無謀な事をして、大丈夫なの?」
た、多分。例によって、ラストは出来てる。途中が全く出来ていないが…。
美姫 「駄目じゃない、それ!」
は、ははははは。とりあえず、今回はプロローグ部分という事で。
美姫 「何と何のクロスかしら〜」
いや、バレバレだろう。もろに名前出てるし。
美姫 「ちっ!とらハと何かのクロスよね」
いや、もう一つもバレバレだろう?
美姫 「五月蝿いわよ!」
ゲバゲボッグゲホッ!
や、八つ当たり……?
美姫 「違うわよ。こんなバレバレな話を書いたアンタへの正当なお仕置きよ!」
そ、そんな……、ガク。
美姫 「さて、それじゃあ、無事に次回で会えることを祈ってるわ。バイバイ〜」
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