『鋼鉄の守護者』





〜第一斬〜





高町家へと入って行く二人を眺めながら、宗介は恭也の見せた動きが気になっていた。
昨日、彼の上官にも当たるテレサ・テスタロッサ大佐から手渡された資料の内容を思い返す。

『高町恭也。海鳴大学2年。過去に一年留年している。
 家族構成は、喫茶翠屋の店長桃子を義理の母に持ち、妹の美由希と異母兄妹であるもう一人のなのはという妹の4人。
 父親は他界。』

(勘が鋭いみたいだな。それに、あの身のこなし…。
 どんな事態にでも、迅速に行動できるようになっている。
 その上、隙が少なく、無駄な動きがほとんどない。
 本当に俺が護衛する必要があるのだろうか?)

そこまで考え、宗介は首を振る。

(いや、いかな達人でも隙はできるだろう。寝ている時など特に。
 それに、長距離からの狙撃という可能性もあるしな)

宗介は自分の考えを自ら否定すると、高町家を監視する。




その日は何事もなく過ぎていき、護衛対象者は未だに家の中。
すっかり日も沈んでかなりの時間が過ぎ去り、深夜と呼べる時間。
不意に、高町家の方から人の動く気配がする。
宗介は手にした双眼鏡で門の所を監視しながら、電柱の陰にその身を隠す。
待つ事少し、そこから二人の男女が現われる。

(あれは、高町恭也とその妹の高町美由希だったな)

宗介は資料の中身を思い出しつつ、顔を確認する。
と、恭也がこちらへと振り返る。
宗介は咄嗟に陰へと身を隠すが、恭也の視線をじっと感じる。

(まさか気付かれたか!?いや、そんなはずはない。気配は消しているし、ましてや一般人に…)

宗介の誤算は、恭也が一般人とは少し違うという事を知らなかったという事だろう。
恭也は、どうかしたのか聞いてくる美由希を先に鍛練場所へと向わせる。
それを不審に思いつつも、美由希は言われた通りに走り出す。
その背中が見えなくなるまで見送った後、恭也は宗介の隠れている電柱へと視線を向ける。

「昼間から、何やらこそこそとしているようだが、何か用でもあるのか」

少しの間、沈黙が辺りを支配する。
相手が出てきそうにもないと判断すると、恭也は慎重に一歩踏み出し、

「出てこないのなら、敵として見なすぞ」

少しだけ殺気を放つ。
その殺気を感じ、同時に昼頃から気付かれていた事に驚きを隠せないまま、宗介は電柱の陰から出てくる。
そこから現われた自分よりも年下の少年を見て、今度は恭也が多少驚く。
しかし、それを顔には出す事無く、恭也は問い掛ける。

「で、一体、この家の誰に何の用だ。事と次第によっては…」

先程よりも、なお鋭い殺気が宗介へと放たれる。
その殺気に、背筋に薄ら寒い物を感じながらも、表情は全くと平然としたまま、宗介は答える。

「俺は、別に危害を加えるつもりはない。詳しいことは言えないが、本当だ」

真っ直ぐに恭也を見返しながら、宗介はそう答える。
同じように、宗介の目をじっと見詰めながら、その言葉の真偽を計る。
やがて、嘘は言っていないと分かったのか、恭也から殺気が消える。
それに内心安堵する宗介だったが、そこへ恭也が声を掛ける。

「何故、家の周辺をうろついていた」

「だから、それは言えないと…」

「悪いが、それでは君を信用できない」

再び張りつめる空気の中、宗介は一度この場を離れようと考える。
そして、それを実行しようと、体重を僅かに後ろへと掛けた瞬間、恭也が動く。
恭也の動きに対し、宗介は殆ど反射的にこちらも動いていた。
刹那と呼べるほどの短い時間の中で、二人は自分の獲物を取り出し、それぞれ相手に突き付けていた。
恭也は小太刀を宗介の喉元へ。宗介は銃を恭也の額へと。
そのままの態勢で、じっと相手の目を見る。
今度は、宗介がゆっくりとむっすりと閉じていた口を開く。

「何故、一般人がそんな凶器を持っている?」

「君の持っている銃よりもましだと思うが?」

「人を傷付け、殺めることの出来る武器としてなら、どちらも一緒かと」

「確かに。しかし、銃がそう簡単に手に入るとは思えないが…。
 しかも、改造拳銃などではない、ちゃんと手入れのされている銃など」

それっきり、お互いに再び口を閉ざし、どこか探るように前の相手を見る。
再び、宗介が口を開く。

「あまり使いたくはないが、尋問という手もあるが、素直に言う気は?」

「奇遇だな。俺も幾つかその方法を知っている」

再び、沈黙が訪れるが、今度はすぐに破られる。

「俺は引き金を引くだけで充分だが、あなたはこの伸びきった状態でどうするつもりだ。
 あなたが俺を倒そうとするなら、少しとはいえ、この腕を引く必要があるだろう」

「本当にそう思うのなら、試してみるか」

三度、沈黙が訪れる中、宗介は自分の考えが間違いであると気付く。
今まで、様々な戦場を駆け抜けてきた勘が五月蝿いぐらいに告げる。
この状態でも、自分と同じぐらい、もしかすれば、それ以上の速さでこの刃物は自分に襲い掛かる事が出来ると。
一方の恭也もまた、目の前の少年の技量に少なからず驚いていた。
暫しの睨み合いの後、どちらともなく武器を下ろす。

「害意がないと言うことは分かった。しかし、やはり事情は教えられないのか」

恭也の言葉に、宗介は頷く。

「なら、質問を変えよう。君がずっと見ていたのは、俺か?
 それとも、フィアッセか?」

恭也の問い掛けに、宗介は一瞬だけ驚きを浮かべるが、すぐに仏頂面へと変わる。
しかし、その一瞬の変化を恭也は見逃さなかった。

「やはり、俺かフィアッセか。それで納得がいった。翠屋でもたまに視線を感じていたからな」

恭也の言葉に、宗介は驚き半分、感心半分で思わず頷く。
普段、自分の周りは、どうも楽観視する者が多くおり、その日常が当たり前だと思っている節がある。
宗介自身は、危機管理が低いと思っているのだが、周りから言わせると、自分が異常だという事らしい。
しかし、今目の前にいる人物は、常日頃から周囲に気を配っている節がある。
その事に宗介は素直に感心すると共に、その鋭敏な感覚に驚きを隠せなかった。
と、それは兎も角、下手言い訳が通じるような相手でないのは、嫌と言うほど分かった。
更に、何も告げずに逃げるといった手段も取れそうにない。
宗介は考え込むと、警護手段は任されたのだからと、自分を多少強引に納得させる。
まず、普段では大よそ考えられない宗介の行動だったが、恭也を前にすると、何故かそれをそんなに不思議とは感じていなかった。

「詳しい事をお話します。ただし、この事は他言無用でお願いします」

宗介の雰囲気から、何かしらの事情を察すると恭也は頷く。

「とりあえず、少し離れよう」

恭也の言葉に頷くと、宗介は高町家から少し離れた場所まで歩いて行く。
高町家の門からは見つかり難く、こちらからはある程度監視の出来る場所まで来ると、宗介は立ち止まる。
それを見て、恭也はそっと壁に凭れ掛ると、腕を組む。

「で?」

宗介を促がすように声を掛け、それに答えるように宗介も口を開く。

「詳しい事は言えませんが、いえ、自分も教えられていませんが、
 今、この家にいるフィアッセ・クリステラが何者かに狙われている可能性があります」

その言葉に、恭也は少しだけ目を細めるが、口を挟まずに黙って聞く。

「それで、自分はその護衛の為にここを訪れた次第です」

「狙っている連中というのは?」

「それは分かっていません。更に言えば、杞憂という可能性もあります」

「はぁー。またか」

恭也は少し悲しそうな目をしながら、盛大なため息を吐き出す。

「またと言うのは、二年前の事件の事ですか」

「知っているのか!?」

「はい」

「護衛と言ったが、君は一体?」

恭也は身体をそっと壁から起こすと、注意深く宗介へと視線を向ける。
二年前のチャリティーコンサート襲撃の件は、極秘に解決され、それを知っているのは、極一部の者たちだけである。
それを知っている宗介を、恭也が警戒するのも無理はない。
先程と同じような雰囲気を醸し出しつつある恭也に、宗介が答える。

「俺は、とある組織の者です。申し訳ありませんが、それ以上は言えません。
 ただ、これだけは言えます。俺はフィアッセ・クリステラに危害を加えるために来たのではありません」

「その言葉は信じられるとは思う。しかし、得たいの知れない者が周囲にいられるのも困る」

「……言いたい事は分かりますが、俺も任務で来ているんです。
 そう簡単に引き下がる事は出来ません」

「……ある組織といったな」

問い掛ける恭也に、宗介はただ頷き返す。

「二年前の事を調べられるほどの組織。更に、本人には秘密裏での護衛。
 そして、その素性を明かす事ができない……」

恭也は何事か考え始める。

「マクガーレン・セキュリティサービスや香港警防隊ではないな。となると…」

恭也は顔を上げ、

「君は、ミスリルかフェンリルの人間か」

その問いに答えなかった宗介だったが、問い掛けた時の宗介の微かな動きからそれを察する。

「成る程な」

一人納得する恭也に、今度は宗介が驚きの声を上げる。

「ちょっと待ってくれ。何故、一般の人間がミスリルを知っている」

「そうか。ミスリルの人間か」

恭也の言葉に、さしもの宗介も言葉を失うが、既に半分ばれていたのだからと、素直に頷く。

「俺の質問にも答えてもらえませんか。何故、ミスリルの事を…」

「ああ、大した事じゃない。本当に、耳にした程度の事だからな。
 ちょっと香港警防隊に知り合いがいて、その関係で、ちょっと…」

「香港警防隊……。最強にして最悪の法の守護者。成る程、それなら納得です。
 ただ、何故、そんな所に知り合いが?
 それに、あなたの動きはとても素人ではない」

探るような宗介に、恭也は極自然に返す。

「成る程。二年前の出来事は知っていても、詳しい事までは知らないのか」

その言葉に頷く宗介を見ながら、恭也はその口を開く。

「まあ、君の素性を知ってしまった以上は仕方がないか。こちらだけ黙っているという訳にもいかないだろうしな」

一人で納得すると、恭也は続ける。
その間、宗介はただ黙って恭也が語り出すのを待っていた。

「御神という流派を知っているか?」

「…裏の世界で知らない者はいないかと」

それが何かと目で問い掛ける宗介に、

「俺はその御神の生き残りだ」

「なっ!!」

恭也がさらりと告げた事実に、宗介は驚愕する。

「しかし、事前に貰った資料にはそんな事は…」

「まあ、そう簡単にはばれないだろうな。
 俺の父さんが、生前にその辺りは徹底してやっていたからな。
 戸籍などから辿るのは無理だろうし」

「そ、そういう事ですか。しかし、あの御神に生き残りが…。
 と、言うことは、高町というのは元々は御神という事ですか」

「ああ、それは違う。今、御神の使い手は俺を含めて三人だ。
 一人はさっき君も見た、俺の妹の美由希。もう一人が、さっき言った香港警防隊にいる人だ」

「そうですか」

恭也の言葉に頷きながら、宗介は目の前の人物を改めて見る。
こうして普通に立っているだけなのに、隙らしきものが見当たらない。
成る程、確かに普通の人ではないようである。
そんな事を考えている宗介に、恭也が言葉を掛ける。

「で、君はこれからどうするんだ」

「自分は任務を遂行するだけです。これが仕事ですから」

「そうか。……なら、うちに来ると良い。フィアッセはこっちにいる間は、家で寝泊りもするし。
 その方が仕事もやり易いだろう」

「しかし、それは…」

「気にする必要はない。本当にフィアッセが狙われているのなら、護衛は少しでも多い方が良い。
 尤も、君がその刺客と言うのなら、話は別だが」

「自分はそんなんでは…」

「ああ、分かっている。短い時間とは言え、会話をした仲だ。
 多少は分かるつもりだ。で、どうする」

恭也の言葉に宗介は考え込み、やがて頷く。

「それでは、お言葉に甘えさせて頂きます」

「ああ、そうすると良い。ただし、一つだけ条件がある」

「条件ですか」

「ああ。俺もフィアッセの護衛をする。勿論、君と協力する事も厭わないが、基本的には俺は俺で動かさせてもらう」

「それは構いません。あなたなら、問題はないでしょう」

短い時間だったが、宗介もまた恭也という人物を多少理解したつもりだ。
その上で、頷いて見せる。

「そうか。なら、後は君が家に来る理由か。と、そう言えば、お互いまだ名乗っていなかったな」

恭也に言われ、宗介も気付く。
自分は事前の資料で知ってはいるが、相手はこっちの事を知らない。
改めて名乗ろうとする宗介よりも先に、恭也が口を開く。

「既に調べてあるかもしれないが、俺は高町恭也だ」

「自分は相良宗介です」

二人は名乗りあうと、がっしりと握手を交わす。
その後、宗介をその場に残し、恭也は鍛練へと赴き、宗介はそのまま監視を続ける。
翌日、高町家に恭也の友人として、新たな居候が加わるのだった。




つづく








<あとがき>

大変、長からくお待たせを…。

美姫 「この馬鹿っ!」

ぐげろっ!

美姫 「私は、あなたをそんな風に育てた覚えはないわよ!」

しょ、初っ端から飛ばしてるな……。

美姫 「って、言うか育てた覚えがないわ!」

当たり前だ!

美姫 「それが、こんなに遅くなった奴の言う台詞?」

す、すいません……。

美姫 「分かれば良いのよ!」

うぅ〜、立場が弱いって、辛い。

美姫 「何は兎も角、第一斬をお送りします」

今回で、恭也と宗介が出会い、そして、宗介が高町家の居候に。

美姫 「一体、全体次回はどうなるのかしら?」

そんなこんなで、次回も気長にお待ちください。

美姫 「それでは、この辺で」

ではでは〜。

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