謎の新薬  〜番外編〜







休日のうららかな陽射しが注ぐ、ここ高町家の縁側。

今、ここに一人の美女が湯のみを片手に寛いでいる。

憂いを帯びた眼差しに映るのは、庭に植えられた草花。

湯のみから一口お茶を啜るその唇は紅く、特に何をした訳でもないのにその存在をさり気なく主張する。

その唇から、どこか艶かしい吐息が零れ落ち、その美女は濡れ羽烏色の美しくさらりとした黒髪をそっと掻き上げる。

その時に微かに覗いたうなじの白さには、男なら誰でも息を飲むだろう。

その美女、少し前まではこの家の長男であった高町恭也は、またしても吐息を零す。



「いつになったら、戻れるんだろうか」



そう呟いた時、家の電話が鳴る。

恭也が立つよりも早く、誰かが電話に出たらしく、呼び出し音が鳴り止む。

それが分かると、恭也は再び腰を落ち着け、何となしに庭へと視線を向ける。

本人は自覚していないが、それだけで絵になるような美しさだった。

そんな一種、芸術的な風景の中に、それにそぐわない騒がしい音が割り込んでくる。

ドタドタと足音を立て、その人物──美由希は、恭也の傍へと来ると声をかける。





「恭ちゃん、真雪さんから電話…」



美由希に最後まで言わす前に、恭也は首を横に振る。



「俺はいない。いいな、俺は、今、家には、いない」



一言ずつ区切って言う恭也に、美由希は乾いた笑みを見せ、一言謝る。



「ごめん」



「ま、まさか」



「う、うん。もういるって言っちゃった」



恭也は溜め息を吐きながら、腰を上げると電話へと向う。

そんな恭也へ、美由希が少し慌てながら声を出す。



「恭ちゃん、電話はもう切れてるよ」



「どういう事だ?」



意味が分からず尋ねる恭也に、美由希はさっきの電話の件を伝える。



「うん。実はさっきの電話で、恭ちゃんがいるか聞かれたから、いるって答えたの。

 そしたら、伝言を頼むって」



「伝言?一体、何だ」



「今から、さざなみ寮まで来いって」



その言葉を聞き、恭也は露骨に顔を顰める。

珍しくはっきりとした表情を出す恭也に対し、美由希はちょっと驚いた顔をする。



「そんなに嫌なの?」



「嫌だと……。まさか、おまえ達はこの間のコスプレの事を忘れた訳じゃないだろうな」



恭也の言葉に、美由希は乾いた笑みを浮かべ視線を逸らす。

そんな美由希を見ながらも、行かなかったらと考えると、恭也は重い足を引き摺りつつもさざなみへと

向うのだった。





 § § §





さざなみ寮へと着くなり、リビングへと通される。

そこには、既に何人かの知り合い──唯子、小鳥、いづみ、瞳も来ていた。

そんな中で、一人恭也の知らない女性がいる事に気付きつつも、真雪に促がされるままその女性の横へ

と座る。



「それで、今度は一体何を企んでいるんですか」



座るなり、閉口一番にそう告げる。

それを受け、真雪はさも心外だなといわんばかりの顔で言い返す。



「企むなんて、心外だな。

 あたしはただ、女になってしまった恭也のためを思って、色々と企画して、楽しんでもらおうと思っ

てるだけなのに」



「俺が楽しんで、じゃなくて、真雪さんが俺で楽しむ、の間違いでは?」



「同じ様なもんだろ」



「全然、全く違います!」



強く言う恭也に対しても、真雪は笑みを浮かべたままであった。

恭也も、この程度の事でこの人が諦めるとは思っていないらしく、それならば少しでも早く済ませよう

と口を開く。



「で、今度は何を思いついたんですか?」



「今回は大した事はしなくても良い。ただ、駅前で立っているだけでな」



「それだけですか?」



「ああ、それだけだ。ただし、こっちから指示を出すまでは、ずっといる事。良いな」



真雪が何を企んでいるのか分からないが、ただ駅前に立つだけなら問題ないだろうと判断し、恭也は頷く。

それを見て、真雪は付け足すように言う。



「そうそう。言い忘れてたがな、お前の横にいる子と一緒だから」



そう言われ、恭也は隣に座る女性を見る。

髪は肩より少し下の辺りで、どこか伏し目がちな所為か、おどおどしている感じを受け、見た目どおり

大人しい子なのだろう。

恭也が凛として、年下の女性から好かれるような女性なのに対し、

この女性は小動物のような可愛さと、その態度で年上の女性の保護欲を誘うタイプであった。

最も、二人とも男性の目を惹くという事に関しては、間違いなかったが。

そんな隣の女性を見て、恭也は真雪に誰かを訪ねる。

それに笑みを浮かべながら、



「そいつの名前は、相川まいこちゃんだ」



「相川…?真一郎さんの妹さんですか?」



「うーん、似たようなもんだがな。因みに、漢字で書くと…」



そう言って真雪は空中に文字を綴る。



『真一子』と。



その字と真雪の笑みを見て、恭也はもう一度隣の女性を見る。



「まさか、真一郎さん?え、何で真一郎さんまで女性に」



そんな恭也を見て、周りが笑いを堪える中、真雪だけが声を上げて笑う。



「あ、あはははははは。ち、違うって、恭也。真一郎くんはちゃーんと、男のままだって。

 ひ、ひひひひぃ。た、ただの女装だって」



そう言って笑う真雪を見ながら、真一郎は溜め息を吐く。



「はぁ〜。多分、恭也くんは今回のこれがどういう事か分かってないだろうけど、俺にはよく分かったんだよな。

 それで止めようとしたら、唯子たちに……」



「止めても無駄だから、それなら高町くんと一緒にやってもらおうという事になって」



唯子が楽しそうに話す。

それを聞きながら、恭也は真一郎に心の底から同情をした。

二人して顔を見合わせ、力なく笑う。

そんな二人に、恭也へとお茶を持って来た耕介が声を掛ける。



「二人とも、気をしっかり持って頑張れ」



そう言って、恭也の前にお茶を置く。

恭也は一言礼を言って、お茶を飲む。

それを見ながら、真雪は新しい玩具を見つけたかのように、その目に怪しい輝きを灯す。

しかし、真雪は耕介の後ろにいた為、耕介はその事に気付かなかった。

そして、耕介が立ち上がろうとした瞬間、後ろから真雪の手が伸ばされ、その肩を掴まれる。



「何をするんですか、真雪さん」



「耕介、二人を可哀相だと思うのなら、お前も付き合ってやれ」



「ま、まさか」



青ざめる耕介に対し、真雪はにやりと笑うと、



「その、まさかだ」



そう言って耕介に飛び掛る。

それを耕介は力任せに振り払おうとするが、その両腕を唯子と瞳に押さえられる。



「さて、耕介〜」



「ま、真雪さん、冗談はやめてください」



「安心して耕ちゃん。優しくしてあげるから」



「な、何を…。ちょっ、ま、待って!そ、そこは」



そんな叫び声を上げながら、耕介の姿が真雪たちの輪の中へと消える。

そして、数分後…。



「くっく………。に、似合ってるぞ耕介」



全員が肩を震わせ、必死で笑いを堪えていた。

それを疲れた眼差しで眺めつつ、耕介は盛大なため息を吐く。

そんな様子がおかしかったのか、ついに真雪が堪えきれずに噴き出す。

すると、それを皮切りにあちこちから笑い声が上がる。



「あー、はっははははははは。だ、駄目だ!く、苦しいー。耕介、お前おかしすぎだ」



「くすくす。こ、耕ちゃん、よ、よく似合ってるわよ。っぷ、……だ、駄目」



「………だから、嫌だって言ったじゃないですか。大体、俺のがたいで女装する事自体、無理なんです」



耕介の言葉通り、耕介が身に着けさせられたのは、比較的身体のラインがでないゆったりとしたワンピースだったのだが、

いかせん、その体が大き過ぎた。

あまりの肩幅の大きさに、ワンピースは前も後ろも突っ張った感じで伸びているし、本来なら腰の位置に来るはずの部分が、

臍上辺りに着ていたりする。

当然、それに合わせ、スカートの裾も上の方へと上がり、そこから伸びる足は適度に筋肉の付いた男性のそれだった。

そして、その顔は一応メイクを施されてはいるのだが………、どう見ても男のものであった。

つまり、傍から見れば、完全な男が女物の服を着ている状態である。

しかも、体に合わないサイズの服を…。

これには、恭也と真一郎も悪いとは思いつつ、目を逸らし必死で笑いを堪えるのだった。

そして結局、耕介は参加しない、できないと判断され、事なきを得る事となった。



「俺がやらなくてもよくなった事そのものは嬉しいんだが、女装をさせられた過去は消えない…」



どこか落ち込んだように言う耕介を、真一郎と恭也は必死で慰める。



「まあまあ、耕介さん。たかが女装一回や二回」



「そりゃあ、真一郎くんは良いよ。今までも何回もやっているんだから」



「ぐっ」



何とか怒りを堪え、笑みを浮かべる真一郎に代わり、今度は恭也が優しく声を掛ける。



「耕介さん、元気を出してください。出来る事なら、協力しますから」



「本当かい?」



「ええ」



急に顔を上げて耕介は恭也の手を取る。



「だったら、クロノくんみたいに一緒に風呂に入ろう」



「そんな事で良いんですか?」



「ああ。男同士で風呂に入るのもたまには良いだろう」



「そうですね。では、今度…」



「耕介さん」



恭也の声を遮るように、耕介の後ろから愛が声を掛ける。

その顔はとても素晴らしい笑顔だったが、耕介は恐る恐る振り返り、その顔をみた瞬間青ざめる。



「ちょっとお話が」



「い、いやだな、愛さん。じょ、冗談じゃない……」



「冗談なんですか」



「あ、当たり前じゃないですか。そ、それに、恭也くんは男の子なんだから」



必死で言い訳をしようとする耕介に、愛が尋ねる。



「本当に冗談なんですね」



耕介は首を何度もコクコクと縦に振る。



「も、勿論じゃないですか。俺は愛以外の女の子には興味なんて全くないんだから」



そう言って、愛の肩へと手を伸ばす。

そこへ、真雪が声を掛ける。



「おい、恭也!幾ら何でも、ここで脱ぐのはまずいだろ!」



「な、何ですと!」



まさに電光石火の動きで振り返る耕介。

だが、そこにいた恭也は服など脱いでいなかった。

明らかにがっかりと項垂れる耕介の背後から、とてつもないプレッシャーが湧き上がる。

ぎこちなく振り向いたそこには…。



「ア、アイサン」



「どうかしましたか、耕介さん」



「イ、イエナンデモアリマセンデス、ハイ」



いつもと変わらない笑みを浮かべた愛がいた。

ただ立っているだけなのに、恐ろしいぐらいのプレッシャーを感じ、耕介は漢字すら忘れるほどだった。

そんな耕介の襟首を掴むと、愛は引き摺りながらリビングを出て行く。



「耕介さんには、少しお仕置きが必要ですね」



「イ、イッタイナニヲサレルンデショウカ」



「勿論、いい事ですよ」



そういう愛の笑みは、これ以上はないというぐらいのものだった。

これには、流石の真雪も少し怯むと、耕介に両手を合わせてる。



「真雪さん、謝るぐらいなら最初からしなければ」



恭也が当たり前の事を言うが、それに対し真一郎が横から口を挟む。



「いや、最初からしないのは真雪さんじゃないだろ」



特に証拠はないが、妙に説得力のある言葉を聞き、頷く恭也に真雪が不思議そうに言う。



「誰が謝ったんだ?」



「え、だって今…」



「ああ、これは謝ったんじゃなく、冥福を祈ってやったんだ」



あっさりと言う真雪に、恭也は真雪の認識を更に改めるのだった。



「さて、そんな事よりも、さっさと駅前に行きますか!」



真雪の一言で、全員が移動するのだった。

因みに、誰もいなくなったさざなみ寮の耕介の部屋では…。



「耕介さん、私以外の人には興味を持たなくなるまでお仕置きです」



「ちょ、愛さん。これ以上はもう……」



翌日、妙に枯れている耕介と肌が艶々してご機嫌な愛がさざなみで見られたとか。





 § § §





さて、ここ駅前で恭也と真一郎が、特に何もせずに立つ事、20分あまり。

二人の表情は疲れがはっきりと見えていた。

それもそのはずで、既に何十人もの男たちが、二人に声を掛けては断られるというのを繰り返していたのである。

その様子を、二人から離れた茂みから観察しているのは、真雪、唯子、小鳥、いづみ、瞳である。

「しかし、高町は完全に女になってるから分かるとして、どうして相川が男だと分からないんだろうな」



いづみのぼやきを聞き、瞳が答える。



「仕方がないわよ。だって、相川君の女装は完璧だもの」



「にははは。何年経っても変わらないね〜。小鳥、奥さんとしては複雑?」



「うん、ちょっとね」



「しっ!少し静かに。見ろ、また新しい奴らが…」



真雪の言葉に、全員がそちらを向く。

すると、五人ほどの男が恭也たちに声を掛ける所だった。



「彼女たち、さっきからここにいるじゃん」



「ひょっとして、暇なのかな?」



「だったら、俺たちと遊ばない?」



何度目かになる言葉に、二人は揃って溜め息を吐くと、真一郎が答える。



「すいませんけど、遠慮しておきます。私たちは、ここで人を待ってるんで」



「人?さっきからここにいるって事は、すっぽかされたんだって」



「そうそう。君たちみたいな可愛い子との約束をすっぽかすような奴は放っておいて、俺たちと楽しもうよ」



この連中は、今までの連中とは違い、かなりしつこかった。

その上、何とか言っては、恭也や真一郎の体へと触れようとするのである。

それに対し、真一郎が少し強い口調で言う。



「いい加減にして下さい!」



この言葉に、男たちの顔付きが変わる。



「あぁー。何だと。人が下手に出てたら…」



「いつ、下手に出たんだ?」



真一郎の襟首を掴もうとした男に、恭也は少しだけ殺気混じりの視線を投げる。

それに何かを感じたのか、男は舌打ち一つすると、仲間たちを連れ、その場を去る。

そんな背中を見送りながら、恭也は真一郎へと声を掛ける。

「真一郎さん、大丈夫ですか」



「ああ、助かったよ。それと、今の俺……じゃない、私は真一子だからね」



「は、はあ(流石だ、真一郎さん。女の人になりきっている)」



そんな真一郎を見ながら、恭也は呆れたような感心したような声を零す。

それを聞きとめ、真一郎は念を押すように言う。



「恭也さん。私だって好きでやっている訳じゃないのよ。

 でも、こんな姿をしている所を誰かに見られたら…。

 だから、私の名前は真一郎ではなくて、真一子なの。後、呼び捨てで構わないわ」



そう言って、両手を合わせ祈るように恭也を見る。



「わ、分かりましたから」



そんなやり取りをしていると、少し離れた所で微かな声が上がる。



「…て下さい」



恭也と真一郎は顔を見合わせると、そちらへと足を向けた。

そこでは、先程、恭也たちに声を掛けてきた五人の男たちが、違う二人組みの女性に声を掛けていた。

いや、声を掛けて断わられたのだろうか、男の一人が連れの女性一人の腕を掴んでいた。



「い、痛い…」



弱々しく声を上げる女性の声を聞き、もう一人の女性が眦を上げる。



「ちょっと、雛から手を離しなさいよ!」



「冴…」



男に掴まれた方の女性──雛が、友人の冴を泣きそうな目で見る。

そんな雛に、冴は微笑んで微笑んで見せる。

しかし、その足は震えており、男たちの顔ににやけた笑みが浮ぶ。



「へへへへ。別に話してやっても良いぜ。その代わり、ちょっと俺達の相手をしてくれるだけでいいんだがな」



「そうそう。まあ、ちょっとかどうかは分からないけどな…。へへへ」



男達は下品な笑みを浮かべながら、三人が冴に近づく。

そんな冴の後ろから、呆れたような声が男達に投げかけられる。



「やれやれ。呆れた連中だな」



「本当に…」



恭也と真一郎だった。



「何だ。またお前らか。もうお前らには用はないんだ。さっさとどこかへ行け」



「そうそう。おまえ達の代わりに、この子たちに相手をしてもらうから」



「最も、俺達の相手をしたいというのなら、歓迎するぜ」



一斉に笑う男達を一瞥して、恭也は溜め息を吐く。



「はー。良いから、さっさとその子を離して、ここから消えろ。これは警告だ」



この言い方に頭にきたのか、男たちが色めき立つ。



「このアマ。下手に出てれば、いい気になりやがって。さっきは許してやったが、今度はそうはいかんぞ!」



「だから、おまえ達がいつ、下手に出たんだ。ねえ、真一子」



「ええ。さっきからずっと、同じ様な事しか言ってないと思うわ」



「こ、こいつら!お前ら、やっちまえ!」



リーダー格の男が、冴に近づいていた三人に命じる。

それを受けて、三人の男が恭也たちに向う。



「真一子、左の一人はお願い」



「分かったわ。でも、私は大人しい子という設定だから、フォローお願いね」



「了解」



こっそりと素早く打ち合わせを終えると、恭也は右の二人へと向き直る。

左右から捕まえよう伸びてくる腕を掻い潜り、恭也は一人の膝を蹴る。

その衝撃で前のめりになった男の頭を押さえ、もう一人の進路上に転がす。

男の足が止まるや否や、転がした男を跳び越え、恭也はもう一人の懐に滑り込むと、右手親指の付け根で顎を打ち抜く。



「綺麗な掌丁ね。アレは完全に気絶したわね」



観戦していた瞳がぼつりと呟き、それに小鳥以外が頷く。



「え、え。何があったの?」



小鳥は一人、首を傾げていた。

そして、瞳の言葉通り、顎を打たれた男はそのまま倒れ起き上がってこない。

その隙に、もう一人の男が立ち上がり、後ろを向いている恭也にローキックを繰り出す。

しかし、恭也はその動きが見えているかのように、綺麗に跳躍して躱す。

同時に、空中で体を回転させ、後ろ回し蹴りを首筋に決める。

もんどり打って倒れる男の鳩尾に、追い討ちのように肘を入れて意識を奪うと、真一郎の方を見る。

真一郎は、両手を口元に当て、きゃーきゃーと悲鳴を上げながら、男の攻撃を悉く躱していく。



「恭ちゃん、助けて〜」



余裕の表情で言う真一郎に、恭也は溜め息を吐きながら、



「そのままこっちに」



真一郎は恭也の言葉に頷くと、恭也の方へと走る。

その後を追って、男も恭也の元へと来る形になる。

真一郎が近くに来た所で、恭也は真一郎に叫ぶ。



「はい、ジャンプ」



真一郎は言われるがまま、素直にジャンプする。

その真一郎の手を取り、自分の方に引き寄せながら、その反動を利用して後ろから迫りつつある男の腹に蹴りを入れる。

バランスを取る為、恭也は真一郎を軽く抱き上げ、真一郎を地面に立たせると、ふら付いている男の鳩尾に肘鉄を決める。

肘鉄を喰らい、男は前のめりに倒れると、そのまま動かなくなる。

「ちょっとやり過ぎじゃ…」



それを見ながら言う真一郎に、恭也はきっぱりと言う。



「初めに警告はしました。それを聞かなかったのは、こいつらですから」



「まあ、そうだったわね」



真一郎はそう言って、片手を頬に当て小首を傾げてみせる。

そんな二人に、残りの男が声を上げる。

「よ、よくもやりやがったな、このアマ!」



「良いか、大人しくしてろ。さもないとこの子が」



と、腕を掴んだ女の子を前に押し出す。

急に掴まれた腕に力を加えられ、雛は痛みで顔を顰める。

そんな雛を心配そうに見詰める冴に、恭也が笑みを見せる。



「大丈夫だから」



それだけで、冴だけでなく雛までも何故か落ち着く。

冴を真一郎に任せ、恭也は一歩前に出る。

それを見て、男が再び声を上げる。



「それ以上、近づくなよ!近づいたら…」



「あれ?」



男の言葉の途中で、恭也が声を上げ不思議そうに横を向く。

それにつられ、二人の男も横を向いた。

その隙に、恭也は男と距離を詰めると、雛の腕を掴んでいる男の手首を掴み、力を込める。

突然の痛みに、男はあっさりと雛を離す。

男から離れた雛を背後に庇いつつ、恭也は男と向き合う。

雛は解放された安堵からか、目の前の男による恐怖からか、恭也の服を掴む。

そんな雛の肩に、安心させるかのように優しく手を置く。



「で、近づいたらどうなるんだった?」



呆気に取られる男の掴んだままだった手を捻る。



「いてぇ!」



それを何とかしようと男が体の向きを変えた瞬間、その力を流すようにして投げる。

男の体が綺麗な孤を描き、地面へと背中から叩きつけられる。

流石に頭を打ち付けるのはまずいと思ったのか、地面に激突する瞬間、男の後頭部を右足の甲で受け止め、上へと持ち上げる。

傍から見れば、軽く蹴り上げたようにも見えるだろう。

現に、男の首が直角に跳ね上がる。

ひょっとしたら、むちうちぐらいはなったかもしれないが、恭也にはどうでもいい事だった。

恭也は最後の一人を睨むように射抜くと、



「どうされます?大人しく引き下がる事をお勧めしますが」



「くっ!舐めやがって」



恭也の言葉を挑発と受け取ったのか、男はポケットから折りたたみ式のナイフを取り出す。

それを見ながら、真一郎は冴を背後に庇いつつ、恭也へと声を掛ける。



「駄目だよ、恭ちゃん。そんな言い方したら、そっちの人のあってないような面子を潰しちゃうよ。

 そうしたら、引くに引けなくなるって」



「真一子、それは余計に煽る事になるぞ」



「えー、私は事実を言っただけなのに。この程度で怒るなんて、器が小さい証拠よね」



「俺もそう思うが仕方あるまい。こういった連中にとっては、あって無き如きのプライドが大切なんだから」



「それもそうよね。男って大変よね」



「いや、この場合はこいつ等の方の問題だろ」



ナイフを手に持った男を前にして、恭也と真一郎はさらに怒らせるような事を言う。

その言葉に、男は怒りも顕わにする。



「ふざけやがって!もう手加減しねーぞ!」



怒鳴り散らす男の声に、冴と雛が身を竦めるが、恭也たちは平然として、顔を見合わせると揃って首を傾げる。



「手加減なんかしてたのか?」



「そんなの分からないわよ。だって、皆恭ちゃんにすぐにやられてたんだもん。

 それに、その人が向かってくるのって、今が初めてだし。

 でも、その言葉が本当だとしたら、馬鹿よね。手加減している間に、自分一人になっちゃったんだもん」



真一郎の言葉に男が目を剥き、怒りの形相で睨む。

睨まれた真一郎は、両拳を口元に当て、



「いやん、怖い」



と、全然怖がっていない素振りで言う。

それに対し、恭也は溜め息を吐きつつ、



「真一子、それは言いすぎだぞ」



「そう?」



「ああ。幾ら連中でも、そんなに本当の事を言われたら、頭にくるだろ」



「あ、そっか。ごめんね。じゃあ、言い方を変えるわ。

 すごーい、まだ本気じゃなかったんだ。私、怖い」



二人のやり取りに、男は完全に頭に血を上らせ恭也へとナイフを向けて突っかかる。



「この程度で冷静さを失うとは…。そんな奴が刃物など持つな」



恭也は冷淡に答えると、雛を背後へと庇う。



「すぐに済むから目を瞑ってて」



「は、はい」



雛は言われたとおりに目を瞑る。

その間に近づいて来た男の手首を下から鋭く蹴りつける。

ゴキと骨の折れる嫌な音がして、ナイフがその手から地面に落ちる。

男は最初、何が起こったのか分からない様子だったが、すぐに自分の手首がありえない方に曲がっているのを見て、

悲鳴を上げ、地面をのたうち回る。

それを見下ろしながら、恭也は男へと声を投げつける。



「刃物を振るうぐらいだったんだ。それぐらいの覚悟はあっただろう。

 これは玩具でも、人を脅す道具でもない。れっきとした武器なんだ。それを覚えておけ」



その言葉を男が聞いているかどうか怪しいが、恭也はそれだけを言うと、未だに律儀に目を瞑っている雛に声を掛ける。



「もう大丈夫ですよ」



「あ、はい」



目を開ける雛に微笑み掛ける恭也。それを見て、雛は頬を紅くする。

そんな二人に、真一郎が冴の手を引きながら声を掛ける。



「恭ちゃん、急いでこの場を離れるわよ。幾ら正当防衛だとしても、色々と聞かれると困るでしょ」



その色々の半分以上が、自分(真一郎)の女装を指している事に気付き、恭也は頷くと雛の手を取る。



「すいませんが、少しだけ付いて来て下さい」



そう言うと雛の手を引き、その場から去る。

その後を、同じ様に冴の手を引いた真一郎が続くのだった。





 § § §





海鳴公園まで来た恭也たちは、握っていた手を離す。

恭也に手を引かれていた雛は、顔を紅くしていたが、心配そうに覗き込む恭也に気付き、顔を上げる。

すると、真一郎に手を引かれていた冴が、恭也と真一郎に向き治り頭を下げる。



「ありがとうございました」



それを見て、雛も慌てて頭を下げ礼を言う。

そんな二人の様子を見ながら、恭也は首を横に振る。



「いえ、別に大した事はしてないから」



「そんな事ないですよ。とても助かりました。あのままだったら、私達…」



考えるのも嫌なのか、一度体を振るわせる。

しかし、すぐに笑顔になると、二人に話し掛ける。



「所で、二人のお名前をお聞きしても良いですか?私は大宮冴と言います。で、こっちが…」



冴は雛を引っ張ると、名乗るように促がす。

雛は半歩ほど冴の影に入りながら、小さな声で告げる。



「宮内雛と言います」



それを受け、恭也と真一郎も名乗る。



「私は相川真一子よ。で、こっちが」



「高町恭……」



也と続けそうになり、慌てて言葉を止める。

それを不審に思わず、冴が確認するように二人の名前を呼ぶ。



「真一子さんと恭さんですね。今日は予定があるので無理ですが、後日改めてお礼に伺いますので、連絡先を」



「いえ、お礼なんて本当に良いですから」



「そうそう」



恭也と真一郎は丁寧に礼を断わるが、それで納得いかないのか冴は必死に連絡先を聞いてくる。

仕方なしに、恭也は翠屋の名前を告げる。



「はい。そこなら良く知ってます。では、後日伺いますので」



そう言って別れ際、雛が思い切ったように恭也に声を掛ける。



「あ、あの恭さん」



「何ですか?」



「お、お姉さまと呼んでも良いですか!」



「………はい?」



突然の雛の言葉に、恭也は目が点になる。

それを聞いた冴も、



「ずるいわよ雛。私も、お姉さまって呼ばして下さい!」



「いや、ずるいと言われても、許可した覚えがないんだが…」



そこまで言いかけ、潤んだ目で見上げてくる雛が目に入る。

ここで断われば、そのまま泣き出してしまいそうな様子に、恭也は渋々頷くのだった。



「ありがとうございます。恭お姉さま」



雛は嬉しそうに恭也に笑いかける。

それに曖昧に答える恭也と、その横で笑いを必死に堪える真一郎を残し、冴と雛はその場を去って行った。

やがて、二人の姿が見えなくなると、真一郎が大声を上げて笑い出す。



「あははっはは、はははは……。さ、さすが恭ちゃんだね」



「何がですか?」



「いや、別に。しかし、お姉さまねー」



「困りました。でも、もう会うこともないでしょうし…」



そう言う恭也を見ながら、真一郎はしみじみと呟く。



「それはどうだろう。あの子たちに連絡先を教えたでしょう。ひょっとしたら、明日にでも来るかも」



真一郎の言葉をまさかと笑い飛ばそうとして、何故かいい知れぬ予感からそれが出来ないでいた。

だから、恭也は別の事を口にするのだった。



「所で、いつまでそんな口調なんですか」



「そんなの真一郎に戻るまでに決まってるじゃない。今の私は真一子なんだから」



「はあ。(真一郎さん。色んな意味で凄い人だ)」



恭也は妙な感心をしながら、真一郎を見る。

そんな二人に、背後から近づく影。



「っよ。二人ともご苦労さん」



「真雪さん」



ニヤニヤと笑いながら現われたのは、真雪たちだった。

その笑みに、恭也は嫌な予感を覚える。

それが何なのか分かる前に、真雪の口からそれを聞かされる。



「あたしも恭お姉さまと呼んでも良いか?」



「!!見てたんですか!」



「ああ、ばっちり。最初からな。ビデオカメラを持ってこなかったのが悔やまれるな」



「勘弁してください」



心底疲れたような顔をする恭也を見て、真雪は伸びをする。



「まあ、今日はいい暇つぶしができたし、この辺にしといてやるか。

 今後、面白い事も起こりそうだしな」



真雪の言う面白い事が、あの二人を指していると分かり、恭也は諦めにも似た境地へと辿り着く。



「あー、平穏な日常が恋しい」



恭也が言うほど、今までも平穏だった訳ではないが、精神的に今よりは楽だった。

そう、例え訳の分からない自動人形と闘ったり、祟りと呼ばれる刀の通じない相手とやり合ったり、

実の叔母で、凄腕の剣士と命のやり取りをやったりしたとしても…。

そこまで考え、恭也はふと悲しくなる。



(まあ、俺自身、剣士という生き方に不満も疑問もないが、せめてもう少し平穏に過ごしたかった。

 いや、せめて期間を置いてこれらが起こるなら分かるんだが…。何故、2ヶ月ぐらいの期間でこれら全てが……)



哀愁を漂わせ、何かを考え込む恭也に真一郎をはじめ、全員が思わず見詰める。

それに気付いたのか、恭也が視線を向けると、一斉に笑って誤魔化すのだった。

この日は、これでお終いとなったが、恭也の受難はまだまだ続きそうである。





おわり








<あとがき>



どもども〜。初めまして、氷瀬浩です。



美姫 「美姫です」



そういう訳で、初投稿♪



美姫 「そして、初投稿にして、ネタはタカさんの謎の新薬をそのまま使ってます。

    許可なく書いて知らないわよ」



ははは。許可が出た時点でアップされるので、これを読んでいる=許可が出たという事で(汗)

話的には、タカさんの第四章の後です。如何でしたでしょうか。



美姫 「とりあえず、事後承諾という事で、浩にはお仕置きを」



ちょ、ま、待て…。ぐえっ!ガハッ、ゲホ、ボッ。

ガッッ!!(ピクピク)



美姫 「まあ、こんなもんでしょう。タカさん、もっとお仕置きが必要ならご一報を。

    ではでは〜」



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