謎の新薬  〜番外編3〜







「はぁ〜。昨日酷い目にあった」


恭也はリビングでお茶を淹れながら、昨日の翠屋での出来事を思い出し、そっと溜め息を吐く。

そんな憂鬱そうな仕草すら、絵になるのだから、美人というものは凄いものである。

急須と湯呑み、そして茶請けに煎餅を用意すると、それらを盆へと乗せ、縁側へと向う。

恭也の楽しみの一つでもある、手入れの終った盆栽をゆっくりと眺める為だ。

縁側に腰を降ろし、湯呑みへとお茶を注ぐと、恭也は盆栽へと目をやる。

その顔は、どこか満ち足りていて凄く良い顔をしていた。

恭也はじっくり鑑賞した後、ゆっくりと湯呑みを傾け、茶を啜る。


「はぁ〜。こんなにのんびりするのは、本当に久し振りだな」




しみじみと呟く。

その静寂を破るように、玄関からチャイムが鳴る。

来客に気付き、恭也は飲みかけのお茶を置くと、玄関へと向う。


「はい」


玄関の扉を開けると、そこには葉弓が立っていた。


「久し振りです、恭也さん。あ、恭さんでしたか?」


「勘弁してくださいよ。で、葉弓さんは、どうかしたんですか?」


「いえ、仕事で近くまで来たものですから。ひょっとして迷惑でした?」


「いえ、そんな事はありませんよ。今、俺しかいませんけど、どうぞあがって下さい」


恭也はそう言って、葉弓を家へとあげる。

葉弓の分の湯呑みを用意し、縁側へと向う。


「どうぞ」


「ありがとうございます。あ、宜しかったらこれを」


葉弓は持っていた包みを恭也へと渡す。


「これは?」


「私が作ったんでお口に合うかは分からないんですけど、和菓子です。
 甘さは控えめにしてますんで」


「ありがとうございます。早速、頂きます」


恭也は包みを受け取ると、台所に持っていき、自分と葉弓の分を取って再び縁側に戻る。


「では、頂きます」


「はい、どうぞ」


恭也はそれを口に放り込むと、ゆっくりと味わう。


「これは、美味しいですね」


「そうですか、良かった」


恭也の言葉を聞き、葉弓は安堵の息を洩らす。


「好きです」


「えっ?」


恭也の言葉に、驚いてそちらを見る。

恭也は、自分の言った事を理解していないのか、葉弓の作ってきたお菓子をもう一つ取ると口へと運ぶ。


「うん、この味は凄く好きですね」


「あ、味ですか。は、ははは」


「どうかしましたか?少し顔が赤いようですが」


「な、何でもないです」


「そうですか。なら、良いんですが」


葉弓の顔を見て、体調が悪そうではないと判断すると、恭也は再びお菓子に手を伸ばす。

それを見ながら、葉弓は笑みを浮かべお茶を啜る。


「あっ」


「どうしました?」


「好みです」


「えっ!」


今度は恭也が驚いた顔で葉弓を見る。

一方の葉弓は、もう一口お茶を啜ると、


「このお茶の味。熱さといい、渋みといい、私の好みですね」


「お、お茶ですか」


恭也は少し赤くなった頬を誤魔化すように指先で掻き、葉弓はそれを見ながら首を傾げる。


「どうかしましたか?」


「いえ、何でもありませんから」


「そうですか」


それから、二人は縁側で特に会話もなく、お茶を啜る。

それをどちらも苦に感じず、ただのんびりと時間だけが流れていく。

どれぐらいそうしていただろうか、不意に葉弓が話し出す。


「それで、元に戻れそうですか?」


「はぁ、それが全く分からないんです」


「そうなんですか」


「ええ。このまま元に戻れなかったら、どうしたら」


「恭也さん、諦めないで下さい。諦めない限り、きっと方法は見つかりますよ。

 勿論、私も出来る限りの事はしますから」


そう言って、恭也の手に自分の手を重ねる。


「ありがとうございます」


「いえ、私は大した事はしてませんから」


葉弓はそう言って微笑み掛ける。それに答えるように、恭也も笑みを浮かべる。

しかし、その笑みが少し翳る。


「ただ、徐々に女である事に慣れてきているのが、不安と言えば、不安ですけどね」


「恭也さん…」


葉弓は励ますように、握った恭也の手に力を込める。

それを受け、恭也は再び笑みを浮かべると、


「でも、葉弓さんのお陰で元気が出ました。もし、戻れなくても、そんなに困りませんし」


「えっと、私は少し困るかな…」


「すいません、よく聞き取れなかったんですけど」


「あ、な、何でもないですよ。それより、早く戻れると良いですね、恭さん」


誤魔化すように、そして恭也を元気付ける為、敢えてその名で呼ぶ。

それを察したのか、恭也も笑みで答える。


「それは勘弁してくださいって。でも、当分は女性のままですから、それで通しますけどね。

 妹分が増えてしまった事ですし…」


恭也の言葉に、葉弓も笑みを浮かべる。


「じゃあ、恭さん。それとも、恭お姉さまと呼んだ方が良いのかしら」


「葉弓さんの方が年上ですよ」


「む〜。そんな事、言わないで下さい。それとも、年上は嫌ですか?」


「そういう意味ではありませんから」


恭也は女性に年の話は禁句だと思いながら、葉弓の機嫌を取る。


「機嫌直してくださいよ、葉弓さん」


「……葉弓」


「はい?」


「葉弓って呼んでくれたら許します」


「し、しかし…」


「じゃないと、一生許しませんよ」


下から覗き込まれるように言われ、恭也は躊躇うものの、そっと口にその言葉を乗せる。


「葉弓」


「はい。恭お姉さま」


「で、ですから、お姉さまは」


「ふふふ。冗談ですよ、恭。これで良いですか?」


葉弓の問い掛けに、恭也は頷く。

そこで、二人はまだ手を繋いだままであった事に気付き、どちらともなく目を合わせる。

お互いの瞳に映る自分を見ながら、何故か言葉を発せなくなる。

少しでも口を開けば、何かが壊れるような気がして、お互いに無言のまま至近距離で見詰め合う。


(きょ、恭也さんの顔が間近に。えっと、恭也さんじゃなくて、恭さん。

 って、そんなのはこの際、どっちでも良いのよ。は、早く離れないと)


しかし、葉弓の考えに対し、体は動かず、それどころかそっと目を瞑る。


(わ、わ、私ってば、一体何を)


パニックに陥り、益々自分の思い通りに動かない体に何とか力を入れようとする。

一方、恭也はそんな葉弓を見ながら、体が自分の物ではないような、頭の隅がぼうっとして、

自分自身をどこか遠くで見ているような錯覚に陥る。

そして、そっと葉弓に握られたにもう片方の手を乗せ、そっと握ると葉弓との距離を縮める。

葉弓との距離が徐々に近づいて行き、唇まで後少しと言う所で玄関の扉が開く。


「ただいま〜」


美由希の呑気な声に、我に返る二人。

お互いに気まずそうに顔を見合わせると、ぎこちない笑みを浮かべる。


「「は、ははは」」


そこへ美由希がやって来て、怪訝そうな顔をする。


「あれ?葉弓さん、いらっしゃい。所で、二人ともどうしたの?」


「ど、どうもしないぞ」


「そ、そうよ。美由希ちゃん。べ、別に私たちは何も…」


「そ、そう?なら、良いんだけど」


美由希は首を傾げながらも、その場を立ち去る。

その後ろ姿が見えなくなるまで見送りながら、


(お、俺は何をしようとしていたんだ。そ、それに今、俺は女であって。女同士で…。

 た、多分、疲れている所為だな。うん)


(わ、私ったら、一体何を。確かに恭也さんには惹かれているけど、今は女性な訳だし。

 私はノーマルよ。うん。さっきのはほんの気の迷い。ちょっとその雰囲気に、ね)


お互いに胸中で納得のいく答えを出すと、何とか顔を見合わせ笑みを浮かべる。

どこかぎこちない笑みではあったが。

結局、恭也はこの日も別の意味で疲れたのであった。

恭也の受難はまだまだ序の口である。





おわり






<あとがき>

恭お姉さま第三段!

美姫 「今回はタカさんのリクエスト?」

いや、リクエストじゃなくて、好きなキャラ、葉弓さんとのやり取りです。

美姫 「少し怪しい感じ?」

さあ、どうだろうな。しかし、これはこれでありかな?

美姫 「タカさん、今回はこんな感じです」

では、また次回で。

美姫 「ではでは〜」

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